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飲酒は20歳になってから 秋田ずらり店長

その他の加工品

JA秋田やまもと

JA秋田やまもと

独自のコンビニもあるJAやまもと

JA秋田やまもとは、平成11年秋田県北部に位置する山本郡内5町村のJA(八森、峰浜、八竜、山本、琴丘)が合併して誕生しました。北部には世界遺産「白神山地」、西には八郎潟干拓地に位置した山本地区。安心・安全、地産・地消、伝統食にこだわった食農実践の活動が認められ、第1回全国地産地消フォーラムでは、大賞の「農林水産大臣賞」を受賞されました。また、JAコンビニ(全国初の農協版コンビニ)を立ち上げ、県内外から注目を集めているJAの新たな姿を生み出しているところです。

そら豆部会から生まれた豆板醤

そら豆部会から生まれた豆板醤 特産物ごとに部会があり、その中のそら豆部会は、平成13年に発足。減反政策で米の代わりとしてそら豆生産を始めたことから生まれた部会です。やまもと地区の土壌や気候がそら豆作りには適しており、質の良いそら豆が採れる国内で数少ないそら豆生産地です。そら豆作りの中で出てきた、規格外商品を何かしらの加工品にしようと動きの中で生まれてきたのが“豆板醤”。ある時、豆板醤はそら豆から作られていることを発見し、これは面白い!と飛びついたのが始まりだといいます。そら豆の発酵からの豆板醤作りは全国で初となる試み。唐辛子は、どうしても韓国産のものを使用せざるを得ませんでしたが、それ以外はすべて国産。試行錯誤しながら豆板醤作りがスタートしました。

苦戦した豆板醤作り

苦戦した豆板醤作り 着眼点は良かったものの、豆板醤作りは誰も知りません。中国の料理文献を読み解いてみるなど苦戦しているところ出会ったのが、県のマイスターに選ばれていた菅先生。発酵に関してのプロ、菅先生のご指導のもと、そら豆の麹作りから始まり、地元の方に喜ばれる味を大切に豆板醤作りは進んでいきました。そら豆を生のまま使って豆板醤を作っていましたが、生のそら豆の皮剥きが難儀な上、そら豆の収穫期にすべての作業をこなさなくてはならず、もともとそら豆農家でもある加工グループのメンバーにとっては大きな負担でした。そこで、そら豆を乾燥することを思いつき、今では、すべてが乾燥そら豆を使用した作り方となっています。そうすることで、作り手の負担も減った他、在庫が足りなくなった時の補充もしやすくなり、味も良くなったという数々の利点が生まれたのです。

そら豆加工グループの方々のお話

そら豆加工グループの方々のお話 そら豆部会から生まれた、そら豆加工グループの主要メンバーにお話しを伺いました。そら豆農家であり、加工グループの会計、事務、主力の作業員として活躍している加藤さんは、「急に呼ばれて私の豆板醤作りは始まりました。麹の出来が決まらず苦労したこともありましたが、食べた人においしい!と言って頂いた時は嬉しいですね。行く行くは、唐辛子も地元のものを使って100%秋田産の豆板醤作りをしたいです。」全体のリーダーであり、みなからの信頼も厚い伊藤さんは、豆板醤作りを思いついた張本人。「そら豆の皮むき作業は朝から夜まで。爪は痛くなるし本当に辛いのですが、部会のお母さん達10人程が集まって作業するので井戸端会議も楽しみながらやっています。辛すぎない商品にしているので、もっと使い易い商品として売り込んで行きたいです。」立ち上げから参加している副会長の木村さんは、「麹の出来がにおいでわかるようになりました。トマト、えだ豆などそら豆の他にも生産している農家なので、農作業の合間に出てくるのが大変だったりもしますが、東京に売り込み行ったり、今までにはない経験をたくさん出来てとても楽しんで参加しています。」

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