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秋田スイーツ

木村屋

木村屋

木村屋の歴史

木村屋の歴史 木村屋の創業は明治35年。初代山下九助(くすけ)は東京銀座の木村屋総本店で菓子の修業を積み、のれん分けをしてもらい帰郷をし、横手の地で木村屋を興したのが始まりです。山下九助は菓子店を営みながらも、菓子店特有の悩みを解消すべく日々創意工夫を図った人でした。今日、全国どこの羊羹にも共通している羊羹を包んでいるあの内側アルミ箔の包装材も、薬を包むオブラートも山下九助によって発明されたものです。九助の熱い思いは100年以上経った今でもしっかりと受け継がれ、常に前を見つめながら創意工夫をし、愛されるお菓子作りへと繋がっています。

はたはたパイ

秋田銘菓の代表格「はたはたパイ」は秋田の県魚であるはたはたをモチーフとしたパイです。その製作工程はまずパイ生地を折り重ね伸ばす作業を繰り返し144の層を作ります。生地を切り、要とも言える塩汁(しょっつる)を刷毛で一枚一枚に手作業で塗っていきます。その後、180℃で30分焼き完成となります。驚いたのは生地を練ることこそ機械が行いますが、それ以外の工程はほぼ手作業で行われているということです。この工程で多い日には1日に3500枚も焼くそうです。

木村屋 木村屋

木村屋 三代目 山下 惣市氏

木村屋 三代目 山下 惣市氏 家業の木村屋を継ぐという志のもと、高校卒業後は法政大学経済学部へ進学。また、これからは洋菓子の時代が来るとの考えからフランスへ留学をし菓子の勉強を積みます。卒業後は東京新宿の老舗菓子店で菓子作りの実践を身に付けました。先代と同様に研究熱心な惣市氏は秋田に銘菓と呼ばれるものが少なかったことから秋田銘菓を世に送り出そうとはたはたパイの商品開発に取り組みます。様々な試行錯誤の末にできあがったはたはたパイですが、発売当初は「横手の山の奥ではたはたか。」と揶揄されたそうです。しかし、その美味しさから類似品が続出する程の人気となりました。そして現在は木村屋で売り上げNo.1の看板商品となり、秋田を代表する銘菓となりました。 

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